お三の宮日枝神社

おさんのみや ひえじんじゃ

横浜市南区山王町5-32
tel:045 - 261 - 6902
fax:045 - 261 - 6959
mail:info@osannomiya-hie.or.jp

ご祭神・ご由緒

鎮座地:横浜市南区山王町五丁目三十二番地

社 名:日枝神社ひえじんじゃ

日枝神社は、古くは山王社・山王大権現・山王宮と称せられましたが、今では「お三の宮」「お三さま」と広く親しまれ、崇め称えられています。
これは、山王宮→山の宮→おさんの宮と転訛したこと、更には《お三の人柱伝説》を付会して「お三の宮」と書かれ呼ばれるに至りました。

吉田新田開墾全図

ご祭神・ご神徳

主祭神:大山咋命おおやまくひのみこと

大山咋命は、近江国(今の滋賀県)の日枝山(比叡山)にお鎮まりになったのが最初で、須佐之男神の御孫、大年神の御子神にして別にその御名を山末之大主神と称え申し上げます。
「咋」は「主」という意味で、大山の主であると共に山・水を司り、武道の祖神、酒造の守護神と崇められ、大地を支配し、万物の成長発展・産業万般の生成化育を守護し給う御神徳は広大無辺です。
殊に、「丹塗の鳴鏑」(=放つと音を立てて飛ぶ赤い鏑矢)に化身する神霊とも伝えられ、開運・子授けや縁結びの御神徳があります。
また、神様のお使いが神猿(まさる)であることから「魔が去る」・「何事にも勝る」に通じて厄除け・勝負ごとの御利益を戴いております。
加えて「おさん」から、お産(安産)の神・子供の成長の神としても広く知られています。
宇迦之御魂命は、五穀豊穣の神・商売繁盛の守り神として、稲荷神社として祀られました。(昭和五十二年日枝神社に合わせ祀られました)

ご由緒

現在の横浜市の中心部、中区と南区に亘る大岡川と中村川、それからJR京浜東北・根岸線からお三の宮所在地まで(関外地区)広い範囲は、釣鐘の形をした入海でしたが、今からおよそ三五〇年前に、江戸幕府並びに諸大名の御用達として広く石材木材商を営んでいた吉田勘兵衛良信という商人が、この入海を埋立て新田を築きました。
(=吉田新田)
この大工事は、明暦二年七月十七日に鍬入れをしましたが、翌年の五月十日より十三日に亘る集中豪雨の為に失敗に終わります。しかし、万治二年二月十一日に再度試みて、寛文七年、十一年余りの歳月と八千三十八両の巨費により、市内最古で最大規模(およそ三十五万坪)を誇る新田開発を成し遂げることが出来たのです。
そこで勘兵衛は、新田の要処である大岡川と中村川の分岐点に、寛文十三年(一六七三)九月、新田の鎮守として、新田住民の安寧幸福や五穀豊穣を祈り、江戸の山王社(今の旧官幣大社日枝神社)より勧請し、山王社と併せて稲荷社を創建したのであります。
この御由緒により『横浜開拓の守護神』として、氏子をはじめ横浜の普く人々に御崇敬を戴いているのです。